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ダービーと自由意志問題

  • 執筆者の写真: Sendousya Denki
    Sendousya Denki
  • 2017年3月24日
  • 読了時間: 2分

ジョジョのアニメも佳境ですが、今日はダニエル・J・ダービーのある問題について。  ダービーは博打で負けた相手の魂を奪うスタンド持ちですが、  承太郎と対戦した時、その場にいない花京院の魂も賭けろと持ちかけました。  これについては他のサイトで喧々諤々やっていて、自分も少々混じったわけですが、  今落ち着いて考えるとやはりこれ自体は「ハッタリ」であり他人の承太郎が花京院の魂を賭けることはできない  という考えに落ち着きました。  ポイントは……

このセリフ。  なぜわざわざ言わせるのか?言わせなきゃいけない理由があるんです。  承太郎はこの時点で既にポーカーの卓に着いています。カードも配られています。  しかしわざわざダービーは「あの言葉を聞いていない」と承太郎に促すのです。  もちろん演出と言ってしまえば演出です。  でもそれ以外で考えると、問題にしているのは「自由意志」です。それの発露としての言葉での表現「宣誓」です。  少々西洋的な解釈かもしれませんが、ダービーは西洋人なので。  「ポーカーの卓に着いているんだから、配られたカードを受け取ってるんだから、  魂を賭ける気があるのは見れば分かるじゃん」と言うのは日本的な解釈なのでしょう。  翻って、花京院は自由意志を示していません。  いくら親友の承太郎が一筆書いても、エジプトに来た時点で命を賭ける気があるのは分かったとしても、  駄目だと思います。もちろん全ては自分の解釈ですが。  どれほど荒木先生が意識したかは分かりませんが、人間の意思とか精神を大事にしているのは作品から読み取れますね。  「黄金の精神」  「真実に向かおうとする意思」  いい言葉です。


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